

2002年6月某日曇天、梅雨時期の井の頭池沿いを歩く。私が通勤・通学と、15年間ほぼ毎日歩いている道筋ではあるが、それでも気をつけて歩いてみると、何かしらの発見はあるものだ。そんな時、公園の近くに住んでいることをありがたく感じる。
井の頭・吉祥寺近辺に住む人以外が井の頭公園を訪れる場合、主なルートは二つとなる。一つは、JRもしくは京王井の頭線の吉祥寺駅 を南方面へ出て正面にある丸井脇の道(七井橋通り) をまっすぐ公園へ南下するルート、もう一つは、京王井の頭線井の頭公園駅を右に出て、そのまま公園へ入るルートである。
前者のルート(七井橋通り)には多国籍の民芸品屋などが立ち並び、廉価の焼き鳥屋としてかなり有名な<いせや>の煙と酔客の声で賑やかである。数年前より道路が数メートル拡幅され、通りの雰囲気も大分おしゃれになったようだ。おしゃれなどという事柄に何の興味もない私にとって、通りが新しくなるのは何か楽しみが奪われるような気がする。その中でもチェーン店が多くなるのは、もっとも残念なことだ。
今回は我家から近いこともあり、後者の井の頭公園駅からのルートを歩いてみたい。
その田中健がしょぼくれたり、中村雅俊らとじゃれ合ったりしていた井の頭線ガード下の切り株に、現在奇妙な石像がある。これが何であるのか、実のところ私にもわからない。いつからあるのかということも不思議と記憶にない。供養なのか、それとも有難いのか、石像の足元には小石が積まれていた。赤い頭巾のような袋は、最近のものである。一体何であろうか、田中健なら知っているかもしれない。
この石像の正面に小川が流れている。その小川を数メートル遡ると、池(ひょうたん池)から水が流れ出していることが確認できる。そう、ここが神田川の源流である。
川としての神田川はここから始まる。酔って道に迷った時は、この川を遡れば良い。私もつくづく便利な場所に住んでいる。
実を申せば、私はここでゲロを吐いたことがある。反省すべき事柄だ。下流の皆様に申し訳ない。そして何より、田中健にも会わす顔がない(しつこい?)。ただ、そんな神田川ではあるが、近年徐々にではあるが、澄んだ水が蘇りつつあるという。鮎が戻ってきた場所もあるそうだ。私に神田川の水質をとやかく言う資格がないことは分かっている。だが、川が綺麗になるのはうれしいことである。
神田川を遡るとひょうたん池、そして、それに続く大きな井の頭池が見える。反時計まわりに池沿いを歩いてみる。この季節はアジサイが見事だ。池沿いのところどころに白〜青のアジサイが咲いている。井の頭のアジサイは、赤〜ピンク系統が少ない。アジサイは、酸性の土壌だとより青く、アルカリ性だとより赤く色づくという。
井の頭池沿いには、春はソメイヨシノやコブシ・ヤマブキが咲き、秋はケヤキやカエデが紅葉に色づく。近頃は植物の標示板も充実してきた。植物に疎い部類の私でもここを歩いていれば、いやでもいくつかは覚える。新緑のケヤキやカツラがことのほか美しいこと、桜の花見の季節に足元に咲くヤマブキが鮮やかなこと、 少しずつ年々、感じることも多くなり、楽しみも増えた。
しばらく歩くとステージが見える。このあたりは公園内でも最も賑やかなエリアだ。朝は、ラジオ体操や太極拳を楽しむ人たちが、昼は子供や弁当を食べるサラリーマンらが集い、夜は学生の騒ぎ場ともなる。売店・茶店も3軒集まっており、花見シーズンは場所取りが熾烈さを極める。
ステージから歩くと、すぐ左に見えるのが七井橋だ。数年前に拡幅した。段差をつけたりなくしたり、欄干に灯りをつけたりと、忙しく姿を変える。この橋に限らず、公園内は工事が多い。ゴミ箱を数メートル移動させたこともあった(何か意味があったのか)。公園の整備は重要なことである。だからあまり触れたくはない。普通にやってくれることを願う。
花見の時期、この橋から飛び込む若者が必ず現れる。大阪道頓堀あたりも有名だが、ここも隠れた名所だ。そして道頓堀同様、かなり汚い。さらに同じことに自転車などが沈んでいることもある。結構危険である。私にとって一番怖ろしいのは、鯉の異様なまでの巨大さだ。そのことは、一度実際見ていただければ理解いただけるだろう。鴨を襲った鯉を私は一度見たことがある。本当の話だ。鴨が何か気に障ることをしたとでも言うのか。橋の欄干に背をもたれていた青年が、鯉の跳ねた音に驚き頭を抱えて避難したのを見たことがある。これも本当の話だ。爆弾とでも思ったのだろうか。失礼な話だが、この青年の慌てようには笑ってしまった。青年も事の真相を知って恥ずかしく、かつ腹立たしく思ったことであろう。青年が悪いわけではない。青年を心底驚かせた井の頭の鯉は性根も悪い。
七井橋から池沿いをさらに歩くと、野口雨情の歌碑がある。「鳴いてさわいで日の暮れごろは葦(よし)に行々子(よしきり)はなりゃせぬ」、雨情が昭和10年に作詞した井の頭音頭の一節とのこと。野口に限らず、井の頭〜武蔵野エリアには多くの文人・歌人が足跡を残した。この歌碑から5分も歩けば玉川上水に入水した太宰治の遺体が揚がった場所にたどりつく。そこから3分も歩けば山本有三記念館(旧宅)がある。
歌といえば、池沿いにはギターを持った若者が多い。ここ10年位の間、この人たちの技術は飛躍的に向上したように感じる。
野口雨情歌碑から池沿いに1分、「お茶の水」と呼ばれる水の湧き出し口がある。池の水はいつも緑色だが、ここの水だけはいつも澄んでいる。すがすがしい気分にさせられる。たが、自然湧水ではないとの話もある。あるホームページによれば、井の頭の湧水は「宅地化によってすっかり枯れてしまい、現在は地下水をポンプによって汲み上げています」とのこと。確認してないが、ありそうな話。とすると、この「お茶の水」は在りし日の井の頭を偲ぶ、擬似湧水なのか(要確認)。
「お茶の水」から2分、広重「名所江戸百景」にも描かれている井の頭弁財天に辿りつく。今年、色を塗り直し、より鮮やかになった。公園で初デートをした(あるいは初デートでボートに乗った)カップルを祟るという噂がある。カップルといえば、以前公園を歩いている時に急に大きな催し物を感じたことがある。皆さんも経験おありでしょう、急な催し物(しかも大物)、冷や汗かきますよね。その時駆け込んだのが、この弁財天近くのトイレでした。あまりの慌てように便所のドアがバイーンと跳ね返り、近くのベンチにいた高校生ぐらいのカップルに大笑いされた。笑い声を聞きながらも無事イベントを成功させた私には、気持ちの余裕というものが生まれていた。そして、もし私が同様の男を見たとしても、やはり大笑いしていただろうなどとすがすがしい気分で客観視していた。今にして思うと、ビッグイベントを経験し、人として一回り大きくなった瞬間だったのだろう。そして弁財天にも感謝している。ありがとう。
弁財天からさらに歩く。売店や現在無人となっているハイテク交番を右手に見ながら歩くこと5分、普段は閉まっている杉ノ茶屋(茶店)の手前に2本のクヌギの木がある。クヌギは樹液の豊富な木である。そして、その樹液を求めて、さまざまな虫たちがやってくる。蝶が2匹この木のまわりを飛び交う姿をよく見る。その様子は、この木が蝶にとって、何か特別な存在であることを感じさせる。
池沿いには、さまざまな木が生えている。一番目立つのはソメイヨシノだ。池に這い出すようなソメイヨシノも、平均的な寿命は50年という。そろそろやばい頃だ。管理事務所でも対策をとっているようだが、相手は寿命だ。いっせいに枯れることもあるまいが、そう遠くない将来、井の頭の姿も変わっていくことになるかも知れない。